文化財あれこれ事情

「文化」の中にあって、現在注目を集めている「文化財」はどんな位置を占めるものなのだろうか?

Vol.9 文化財って何ですか(1)

近年は多くの国で自国の誇る文化財を世界遺産へ登録しようとする運動が熱心に行われている。これからも分かるように、今や「文化財」あるいは「文化遺産」の保護・再生は各国で重要視される政策課題の1つとなっている。そこには観光資源の存在を諸外国にアピールする実利的な狙いがあるのは明らかであるが、副次的効果として、自らの文化的系譜が再認識でき、自分達の国あるいは地域への愛着や誇りを育むことに繋がることも期待できよう。

ところで「文化」という語は極めて幅広く用いられる語である。例えば‘文化人’、‘食文化’、‘関西文化圏’、‘若者文化’・・等々。かつては ‘文化住宅’、‘文化鍋’などという幾分安易な感じのものも有ったので、一般には「文化」に特に高尚めいた感じは持たれないのかも知れない。ではそのような「文化」の中にあって、現在注目を集めている「文化財」はどんな位置を占めるものなのだろうか?

日本語における「文化」を字義的に解釈すると、‘文’は狭義には‘ふみ’、すなわち文章の意味であるが、より広く学問、芸術、道徳、宗教、法律など、色々な形での人間の知的・精神的活動一般を含んで用いられる。また‘化’は姿が変わること、形を変えて新たに生まれることを表す。周知のように、「花」の文字は草が姿を変えて出来たものという意味から来ている。従って、「文化」とは人間の知的・精神的活動の結果として生み出されるもの一般を言うことになるが、それだと現代人の身の周りのもので何らの知的・精神的活動も関わらないものは殆ど無いので、我々の周囲に「文化」でないものを探す方が寧ろ困難である。

一方で「文化」に関連した語として「文明」がある。「文明」は「文化」の意味する対象があまりにも多いので、「文化」をスリム化するために、「文化」のうちで特に技術的・物質的な形をとるものを区別して用いられることもある。しかし、「文明」は常にこの意味に用いられる訳ではなく、‘学問、芸術、道徳、宗教、法律などが人々の間でよく理解され、広く行き渡った社会の状態’の意味に使われることも多い。エジプト文明、黄河文明、西洋文明などという場合の「文明」はこの意味である。

「文化」および「文明」には、それぞれ英語のcultureおよびcivilizationが対応する。cultureはcultivateと類義で元々は‘耕す’、あるいは‘養殖する’意味である。例えばagriculture(農業)はagro(土壌)をculture(耕作)すること、aquacultureはaqua(水産物・魚)をculture(養殖)することを表す。一方でcivilizationは都市化が原義であろう。学問、芸術、道徳、宗教、法律などや、それらから派生する多くの「文化」は、少数の人間の集団がそれぞれ孤立的な状態で生活する狩猟・採集社会より、多人数が集まって分業的に社会を営む都市において高度に発展することは疑いないであろうから、当初は‘文化が発展した社会’と‘都市’は事実上同じことと見なされていた。その後歴史学や人類学の分野での研究が盛んになるにつれて、civilizationは専ら社会の文化的発展状態の意味に転化して用いられるようになった。これは副産物として社会進化論などの思想を生み出し、例えば‘civilizationの進展に伴って宗教は多神教から一神教に進化する’などの独善的な指標によって、文明社会と未開・野蛮な社会とを差別・序列化が行われた時期もあった。しかし現在では、このような偏見的な文明観は概ね払拭されて、cultureおよびcivilizationともに地域的、民族的な違いや個性が尊重されるようになっており、これに伴うcultureおよびcivilizationの意味の変化に連動して、日本語の「文化」および「文明」の意味・内容も徐々に変化してきている。(vol.10につづく)

田中 哮義(たなか・たけよし)
京都大学名誉教授
元・京都大学防災研究所
日本火災学会会長

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