2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、東日本地域を中心に稀にみる大きな被害をもたらしました。中でも、太平洋沿岸の多くの都市や集落では、地震発生からしばらくして襲来した巨大な津波により壊滅的な被害が発生しました。また、福島第一原子力発電所の周辺は、放射性物質が漏洩した事故の影響により、現在も帰還困難区域や居住制限区域に指定されています。被害は、東北地方の特に太平洋沿岸地域に集中しています。しかし、首都圏では違った形の被害が発生しました。東京は、震源から300km以上離れていたこともあり、物理的な被害が顕著であったわけではありません。しかし、地震による交通網の麻痺により、多くの人の帰宅が困難になりました。いわゆる帰宅困難問題です。ある人はタクシーやバスを待つために長蛇の列に並び、ある人はそれを諦めて歩いて帰路に就き、ある人は帰宅そのものをあきらめて会社で一夜を過ごしました。こうした問題は、昼夜間の人口変動が大きく、通勤・通学距離の長いことが一般的な首都圏であるからこそ顕著であったと言えます。
では、同じような状況が京都では起こらないのでしょうか。観光資源が集積する京都には、多数の観光客が国内外から訪れます。その数は1年間で5,000万人と言われ、これを単純に換算すると1日あたり13.7万人が市外から訪問していることになります。これは、京都市の人口のおよそ1割に相当する数です。東京では就業者や学生が主で、京都では観光客が主という違いはありますが、圏外に居住する人が多数流入するという点で両者は共通しています。これに対し、京都市を含む関西近縁では、太平洋沖の南海トラフ沿いで発生する巨大地震により大きな被害を受ける可能性が指摘されています。こうした地震により、東北地方太平洋沖地震の場合と同様に交通網が麻痺することになれば、京都市内にも多数の帰宅困難者が発生することになります。
(読売新聞より)
なお、東北地方太平洋沖地震では、首都圏の物理的被害が比較的軽微であったために、問題が帰宅困難という程度で収まったという見方もできます。仮に、首都圏でも大きな物理的被害が出ていれば、圏外からの流入人口の存在は、災害への対応をより複雑で困難なものにしていたであろうことは想像に難くありません。南海トラフは太平洋沖の比較的離れた場所を通っていますが、京都の周辺には、花折断層、琵琶湖西岸断層といった活断層の存在が確認されています。これらの断層で地震が発生すれば、震源からの近さのために大きな物理的被害が発生することが想定されています。災害対策の内容は、直前の大きな災害の経験を踏まえて構築されることが常ですが、次の災害でも同じような問題が起こるとは限りません。むしろ、発生する時や場所によって災害の様相は異なるものと考えて、対策の内容を検討する必要があります。
樋本 圭佑(ひもと・けいすけ)
京都大学防災研究所 助教 博士(工学)
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