文化財あれこれ事情

全ての日本人には、日本に存在するあらゆる素晴らしいものを誇らしく感じる資格があるのである。

Vol.4 日本の文化財を生み出したのは全ての日本人に共通の祖先(1)

日本に存在する神社・仏閣・城郭その他多くの素晴らしい文化財を見るとき、自然と誇らしい感情が湧いてくるのを覚えないだろうか。しかし同時に、それらの文化財は、かつて日本の国土に生きていたとしても、自分とは何の関わりあいもない他人が生み出したものに過ぎないとの、誇らしい感情とは矛盾する、思いも懐くことはないだろうか?結論を先に言えば、全ての日本人には、文化財は勿論のこと日本に存在するあらゆる素晴らしいものを誇らしく感じる資格があるのである。

殆どの人は、自分が今こうして存在していることを、特に不思議だとも奇跡だとも意識していないかも知れない。しかし明らかに、何人も無から突然発生した訳でなく、当然ながら2人の親がおり、その親もそれぞれに2人ずつの親がいて・・、想像もつかないような太古の昔から連綿と生命を引き継ぐことによって現在に存在するのである。我々には明治時代にも、江戸時代にも、戦国時代にも、平安時代にも、はたまた古墳時代や弥生時代のような大昔にも、その時代を生きてきた先祖がいたのである。天皇家、出雲大社宮司の千家、籠神社祝部の海部氏などのように非常に古い時代からの正確な家系図が残っている稀な家系では、遠い昔の先祖の様子を想像することが少しは可能である。一方で私のような一般の庶民にとっては、高々数代も遡るだけでも先祖を辿ることは著しく困難となる。

しかし観点を変えてみれば、遠い昔の先祖が誰だったかなど考えること自体が元々無意味とも言える。単純に1世代遡る毎に祖先の数が2倍ずつ増えるとすると、10代遡れば210=1,024人、20代遡れば220=1,048,578人の先祖がいることになる。先祖の数が100万人を超すなら、全てを特定することは殆ど不可能で、貴族から乞食・泥棒まで、どんな先祖でも居たに違いないと思っておく方が良いであろう。
更に、30代を遡れば先祖の数は10億人を超すことになるが、もちろん日本にそんな膨大な人口があった時代はない。歴史人口学で推計されるところでは縄文時代で10~26万人、弥生時代で60万人ほど、奈良・平安時代初期では450~550万人、16世紀に入ってやっと1,000万人を超したとされる。古事記や日本書紀などの記述内容から推測すると、7世紀頃までは渡来人の流入がかなりあった可能性も否定できないが。しかし、続日本紀など奈良時代以降の記録からは特筆するほど多くの渡来人の流入があったことは窺がえないから、概ね縄文人と7世紀までの渡来人の混合集団が日本民族の源、いわば日本原人、と考えて差し支えないであろう。その後は基本的に日本国内の住人同士の婚姻によって、日本原人の持っていた遺伝子を交配・混合しながら増加して来たことになる。その結果として現代の日本人は、地域や系統によって幾分の濃淡はあるにしろ、見知らぬ他人同士でも多くの遺伝子を共有している確率が高いのである。

例に上げさせて頂くのは憚られることかも知れないが、天皇家は古代には物部や蘇我などの有力豪族から、奈良時代以降は「源・平・藤・橘」の名門から妃の多くを迎えている。中でも藤原氏出身の妃は圧倒的に多く、聖武天皇から明治天皇まで82人の天皇のうち実に64人の母となっている。すなわち天皇家には藤原氏を初めとする有力氏族からの遺伝子が多く継承されている。一方で、天皇家からも多くの皇族が親王や内親王が皇籍を離脱して臣籍に下っており、それらが他の氏族と姻戚関係を結びながら多くの氏族を形成した。

嵯峨天皇の命により815年の編纂された新選姓氏録には1,182の姓氏が出自毎に分類・収録されているが、その中には現在でもよく見受けられる姓が既に多く現れている。挙げれば限りが無いが神武天皇から桓武天皇までの天皇の後裔の姓で、現在の苗字としても良く見受けられるものを幾つか拾ってみると:島田、松浦、舟木、三宅、小野、山上、野中、大宅、久米、片山、石田、横山、小倉、石川、平山、藤田、山崎、岡部、児島、中西、和田、阿倍、高橋、竹田、難波、松原、長田、田口、桜井、林、葛城、田中、岸田、坂本、山口、大家、日下部、池田、桑原、大野、田辺、山辺、大林、佐伯、大田、大屋、亀井、小泉、沢田、富田、三谷、新庄、中井、坂田、日置、桑名、岡田、青木、柏原、原、大原、吉野、桑田、池上、清原、香山、笠原、岡、三原、斉藤、梅田、前川、森、山田、窪田、長岡、久我、等々がある。ごく庶民的に感じられる多くの苗字が、少なくとも1,200年以上も昔には既にあったことに驚きを感じられないであろうか? (vol.5につづく)

田中 哮義(たなか・たけよし)
京都大学名誉教授
元・京都大学防災研究所
日本火災学会会長

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