文化財あれこれ事情

国宝や重文建物等の指定を受けていない文化財建造物も、京都市の都市景観の構成要素として重要な役割を有している。

Vol.12 京都市の都市景観の風格と文化財建造物

京都市の文化財建造物は、ただ歴史的・文化遺産的価値のみならず、京都市の都市景観の構成要素として重要な役割を有している。京都府全体での国宝・重文は件数(施設数)ではそれぞれ48件および292件であるが、1つの施設が複数の国宝・重文建物を持つ場合も多いので、棟数でみればそれぞれ60棟および614棟である。このうち京都市に存在する国宝・重文建物はそれぞれ45棟および403棟を数えるので、京都府内の国宝建物の3/4、重文建物の2/3は京都市内にあることになる。これほどの国宝・重文建物が市内にあれば至るところが国宝・重文建物だらけのように思われるかも知れないが、実はこれらは特定の大規模な寺社などに偏在していることが多く、国宝・重文建物を保有する施設の件数では76となる。特に多くの国宝・重文建物を保有するのは下鴨神社、上賀茂神社、北野天満宮、知恩院、清水寺、東福寺、大徳寺、西本願寺、東寺、醍醐寺、妙心寺、仁和寺、二条城であり、この13件だけで京都市の国宝・重文建物の7割を保有している。特に東寺および二条城は、それぞれ南区および中京区の国宝・重文建物を殆ど独占的に保有している。

これらの国宝・重文建物に加えて、京都市には産寧坂、祇園新橋、嵯峨鳥居本、上賀茂の4地区が伝統的建築物群保存地区(伝建地区)に指定されている。京都市にとって、これらは重要な歴史的・文化遺産であることは確かであるが、実はこれらに尽きるものではない。下図は京都市における現存の文化財建造物数を国宝・重文と国登録・府指定・市指定(府・市指定等)に2分して建築時代別・行政区別に分布を見たものである。因みに、古い時代に創建された文化財建物は創建当時のものが残っているものは稀で、長い歴史の間に火災その他で何度も失われているものが多いので、図の年代は最後の再建によるものである。

図によれば、国宝・重文の建物は府・市指定等の建物に比較して古い時代に建築されたものが多い傾向はあるが、府・市指定等の建物でも建築年代の点では国宝・重文とそれほど遜色がないように見える。
 
新田中先生資料

建築(創建、再建を含む)年代でみれば、府・市指定等の建物は国宝・重文のものに比較して幾分新しい傾向はあるが、それ程大きな差はない。それにも関わらずこれらが重文に指定されていないのには、建築以後の改変規模が大きいなどで、重文に指定する上での基準に達していないことが理由の場合もあろうが、その他にも幾つかの場合が考えられる。例えば、重文に指定されると修理等の場合に補助金を受ける資格が出来るが①文化庁にそのための予算が十分ない、②改変が原則として許されなくなるので自力で修理費用が賄えるなら指定されたくない、③補助金として国費が投入されることで一般への公開の義務が生ずるのが困る、などである。もしこのような理由で重文に指定されていないとすれば、府・市指定等文化財でも文化財としての価値は重文に比較して著しく低い訳ではないであろう。たとえ芸術的・技術的な価値において国宝・重文のレベルに達しない点があったとしても、大変に古い時代から京都に存在し歴史的役割を果たしてきたという歴史的価値に遜色はないであろう。

京都には妙心寺、南禅寺、大徳寺、東福寺等々、多くの塔頭寺院や堂宇を有する大規模な寺院伽藍が少なくないが、国宝・重文に指定されている建物はそのごく一部に過ぎない。しかし、事前に十分予習でもして来ない限り、これらの伽藍を訪れても国宝・重文の建物とそれ以外を区別することは不可能である。これらの伽藍では、指定のランクや有無に関わらず、全ての建物が一体として大規模で風格のある景観の形成に寄与しているのである。先に触れたように、京都市には4つの伝建地区がある。1つの市に4つもの伝建地区が存在する市は、京都市の他にも、同様に戦災を受けることがなかった金沢市がある。しかし京都市の場合には、このような多くの塔頭寺院を有する大寺院伽藍も伝建地区と同様に見なせるのではないだろうか。これらの寺院伽藍を構成する建物の全てが文化財指定を受けている訳ではないが、多くの建物が群として伝建地区以上に伝統的景観を保っていると思われる。
また京都市内に存在する宮内庁所管の皇室関係の施設も市に風格を添える上で重要な地位を占めている。文化財の指定は私的に所有される建築物に補助金として公的な提供するための制度であるから、もともと国の予算で管理される皇室関係の施設は指定の必要がない。このため国宝・重文に指定されてはいないが、それに劣らない価値を持つ文化財である。

国によって指定されている国宝・重文建物、伝建地区だけの数を見ても京都市の文化財は我が国の都市の中で群を抜いて多いが、上記のような実際上の文化財を加えるとその数は何倍にも増加すると考えられる。また年々の減少が危惧されているとはいえ、市内にはかなりの町家もまだ残っている。京都市の文化財の保存・活用や災害からの保護を考える上では、ただ国宝・重文建物や世界遺産だけでなく、このように豊富な文化遺産全体に着目する必要があろう。

田中 哮義(たなか・たけよし)
京都大学名誉教授
元・京都大学防災研究所
日本火災学会会長

本コラムに関する、ご意見・ご感想をお寄せ下さい。
info@tomorrows-kyoto.jp

 

ページの先頭へ