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第6回 「世界遺産所有者が語る明日の京都」講座

更新日:2012年12月8日

演題  : 天保六年賀茂御祖神社式年遷宮について
講師  : 賀茂御祖神社宮司 新木 直人 氏
開催日 : 平成24年12月8日
場 所 : 賀茂御祖神社(下鴨神社)直会殿
 
画像 015文政13年(1830)京都では大地震が起こり、洛中の民家、洛外のお寺や神社は大きな被害に遭いました。下鴨神社では、御蔭山(明治4年 上知令まで賀茂御祖神社の境内であった)の山崩れにより御蔭社が埋まるというという被害に遭いました。
 
天保年間は、天候不安による凶作、不作が続き、飢饉、疫病が蔓延しました。幕府が、質素倹約を主眼とした「天保の改革」を強引に推し進めると市民の不満が爆発し、各地で一揆が起こりました。中でも京都の山城国一揆や滋賀県の一揆は特に有名です。幕府はこのような一揆を治める術がなく、一揆を主導していた人物を投獄しました。
 
このような時代背景の中、天保6年3月11日に第27回・賀茂御祖神社式年遷宮が行われました。この遷宮事業のために、幕府は、銀2801貫を拠出し、神社も銀3007貫を出資し、不足分は大阪の商人などからの借入金により賄われました。
下鴨神社においても天元3年(980)の暴風雨により、社殿が倒壊して以降、天災の被害が続き、正遷宮とともに災害復興の遷宮が数回行われました。この100年間続いた天災、人災を鎮めるため、長元9年(1036)国家の大事として20年に1度の式年遷宮の制度が制定されました。
 
下鴨神社には、この世の全てのものを生み出す命の根源となる大きな力を神とあがめる思想信仰が伝えられており、遷宮もまた、この思想信仰の永続を願って行われました。
また、人の世は、親から子へ家業や社会生活のルールを伝授するのに、どのような時代であっても20年を要してきました。技術の伝承もまた然り。20年を区切りとして社殿の造替やそれに付随した古材の利用を行うことにより、伝統技術を失うことなく伝承し、神事の伝承や文化の育成にも貢献してきたのです。

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